天体図と大和三山から、浮かび上がってきた「2つの時」と「2つの場所」
「大和三山」と「元三輪山ダイヤ形」の対応関係に気づいてから、大和三山ピラミッド説を支持していた私は、この大和三山は元三輪山に対応して配置されたのではないか、と思ったのである。そして、次のような疑問が生じた。
「では、どうして、大和三山は今の場所に配置されたのだろうか?」
「もしかしたら、今の場所に、つくらなければいけない理由が、あったのではないのか?」
そのような疑問である。
どうして、このような疑問を持ったのか、不思議に思われるだろうが、この「大和三山」と「元三輪山ダイヤ形」の対応関係は、「約束の地」と何か関係があるように思ったからである。
この時の直感は正解だったが、それはともかく、その時思い出したのが、グラハム・ハンコックの『神々の指紋』に書かれていたことである。
その本によると、エジプトの三大ピラミッドは、BC(紀元前)10450年のオリオン座の三ツ星を、地上に再現したものだというのである。しかも、このように正確に合致するのはこの時期しかなく、全く誤差がなく完璧に一致しているというのである。
これを発見したのは、イギリス人の建築技師ロバート・ボーヴァルである。
発見のきっかけは、彼がエジプト旅行で目にした、一枚の航空写真だった。
彼はカイロの博物館で、「三大ピラミッド」を真上から撮った航空写真を目に
し、何気なくそれをカメラに収めた。その後彼は、「ピラミッドテキスト」をはじめ、エジプトの古文書に語られる、「上に在るごとくに、下も在れ」の意味を考えていた。その時、夜空に輝く「オリオン三星と天の川」が、「三大ピラミッドとナイル川」の組み合わせということに気づいたのである。
ところで、古代のエジプトでは、天空の「天の川」を「天のナイル」と呼んでいた。ちなみに、「ピラミッドテキスト」とは、エジプトのアブ・シールや南サッカラのピラミッドに記された、死後に復活を果たすための呪文などの原初的な葬祭文書である。この「ピラミッドテキスト」は、王朝時代以前に遡る、古い信仰の影響だと考えられている。
ともあれ、「オリオン三星と天の川」が「三大ピラミッドとナイル川」の組み合わせであることに気づいたロバート・ボーヴァルは、両者が対応する「時」を知るために天体ソフトを丹念に調べたのである。
その結果、「BC10450年」の天体図の「オリオン三星と天の川」が、地上の「三大ピラミッドとナイル川」に、完璧に一致することを発見したのである。