神の正体

神々は日本を集合場所にした!?

これまでの説明で、香代子先生と暗号者(秘密結社「ヤタガラス」)、そして大本教の神典や日月神示も、同じ「神の世界」から同じ救いの計画を預かったことを、ご理解いただけたと思う。
そして、2つの暗号が語っていたように、「約束の地」に現れた「約束の人」香代子先生が甦らせた神々は、地球の「崩壊と再生」の「約束の時」に現れる神々であることも、ご理解いただけただろう。
それを、日月神示は次の神示にあるように、「世の元の神」と言っている。

「…途中からの神は途中からの神、途中からの教は途中からの教、今度の御用は元のキの道ざぞ、世の元からの神でないとわからんぞ、出来はせんぞ、…」(第21巻 梅の巻 第21帖448)

ところで、ここでは、先生が甦らせた神々のルーツを辿りながら、今言ったことを示す根拠を紹介させていただくことにする。
その神々は、先生のご主人である野崎卓巳先生が記録されていた。
詳細は【甦った神々】でお伝えするが、先生はあることがきっかけで瞑想することになったのである。
その瞑想で最初に出合ったのが、天地王大神尊という最高神である。その後、仏教でお馴染みの、毘沙門天や不動明王といった神々と次々に出会うのである。
ところが、その中で、私にはあまり馴染みのない「鎮宅霊符神」という神が登場するのである。
聞いたことのない神名だったので、調べると「道教」の神だった。
実はこの神が、先生の神々のルーツを知る上で、非常に重要な役割をはたしてくれたのだが、この時は次のような疑問が生じた。
「どうして先生は、仏教の神だけでなく、道教の神とも出会うのか?」
「どうして、仏教と道教という、異なる宗教の神が登場するのか?」
「先生が体験する『神の世界』は、一体どの宗教の『神の世界』なのか?」
このような疑問である。
おそらく、皆さんも、同じような疑問を持つと思う。
当時私は、宗教によって、「神の世界」も異なるものと思っていた。
さらに、次のような疑問も生じた。
「どうして、先生は、お釈迦さんが顕わしたメイド・イン・インドの仏教の神や、メイド・イン・チャイナの道教の神と出会ったのか?」
「先生の教えは、終末と至福千年を説く、ユダヤ教やキリスト教にも通じるが、いったいその神々のルーツは、どこに求められるのか?」
このような疑問である。
もちろん、この疑問は、2つの暗号を発見する前のものである。それは、先生と出会って間もない頃のものである。
私は失礼を承知で、この疑問を先生にお尋ねした。
すると先生は、「神々は日本を集合場所にした!」と言われるのである。
だとすれば、先生が出会った、仏教や道教の神々のルーツは、古代の日本に求められることになる。その後、古代史を研究し『竹内文章』と出会ったのだ。
先述したように、この古文書によると、世界が「土の海」になるような大異変がかつて何度もあり、その度に日本の天皇(現人神)が世界各地に日本人を派遣して世界を建て直し、神聖政治によって世界を平和的に統治していたというのである。
私はこの古文書に、「神々のルーツ」の答えを見つけたように思った。
つまり、先生の「神々のルーツ」は、世界が「土の海」になるような地球規模の天変地変の時に、世界を建て直すために、日本から派遣された人々が携えた教えだと考えたわけである。
だとすれば、メイド・イン・ジャパンの神々の教えが、中東ではユダヤ教やキリスト教に、インドでは仏教に、中国では道教に、それぞれ形を変えて残された可能性も考えられ、「神々は日本を集合場所にした!」という教えとも矛盾しない。
そこで、その根拠になるものを探していた。
その一つが、中国の「道教」である。
道教は漢民族の土着的、伝統的な宗教とされているが、どのようにして現在のような宗教体系になったかは不明なのだ。(ウィキペディア百科事典より)
また、道家の始祖といわれる「老子」にも謎が多い。
道教で、最初に思い浮かぶのは「老子」である。老子は高く評価され、後に「太上老君」という神の称号を与えられたほどである。ところがこの老子は、どうも、実在の人物ではなさそうなのだ。
「何を、おかしなことを!」
と、思われているかもしれないが、これは、道教研究の第一級の専門家である、窪徳忠氏のご意見なのである。
窪氏によると、老子は実在の人間で、孔子の先輩とみるのが一般の常識であるが、『史記』の老子伝によると、その伝記ははなはだ漫然としていて、執筆当時に伝えられたことをそのままのせたにすぎないというのだ。つまり、『史記』が執筆された紀元前2世紀ころ、すでに老子は伝説上の人物になっていたというのである。そのうえ、名前も後世の付加であるという。
そのようなことから、老子の実在を否定する研究者が他にもいるというのだ。
窪氏は歴史的人物としての老子はいなかったが、後にそのようなフィクションをつくりあげることができるような、モデルがいたのではないかと考えられている。いずれにせよ、いま伝えられている老子は歴史的な実在の人物ではなく、道家の偶像的開祖にすぎないというのだ。
また、老子の作とされる『道教経』も、長い年月にわたって、同じような傾向の考え方を持つ多くの人たちが述べたことを、ある時期に誰かがまとめたもので、一人の人間の著作とはとうてい考えられないという。詳しくは『道教史 世界宗教史叢書9』(窪徳忠著 山川出版社)を参照して欲しい。